最終更新:2013年5月29日

第7回日本台湾学会賞
選考委員会報告書


 

(1)選考委員会の開催
 日本台湾学会賞選考委員会は、2013年1月に本学会各理事より2011~12年度刊行の『日本台湾学会報』第13、14両号掲載論文から歴史社会、政治経済、文化文学言語の三分野の優秀論文の推薦を受けた。本委員会は日本在住の藤井委員長、浅野豊美委員(政治社旗部門)、黄英哲委員(文化文学言語部門)の両委員が勤務先において繁忙期を迎えており、また台湾在住の何義麟委員(歴史社会部門)も多忙にして日本出張の機会を得られなかったため、2月15日から2月22日の一週間にEメール会議を開催した

(2)選考経過と結果
 各理事推薦の優秀論文を慎重審議した結果、以下の三論文を学会賞授賞候補として選定した。その結果は文書にて2013年3月9日開催の第7期第6回常任理事会で垂水総務担当理事を通じて報告、承認を得た。

☆受賞論文
*歴史社会分野
・松岡格「台湾原住民社会地方化の日本統治時代における展開」(第13号)

*文化文学言語分野
・倉本知明「愛情のユートピアから情欲と狂気のディストピアへ―「解厳」前後における蘇偉貞の眷村表象」(第13号)

*政治経済分野
・星純子「県市合併後の地域政治変動と社会運動―高雄市美濃区におけるローカルレジーム再編の初歩的考察」(第14号)

(3)推薦理由
1.歴史社会分野
・松岡格「台湾原住民社会地方化の日本統治時代における展開」
 近代国家の対台湾原住民政策に関してはすでに多くの先行研究があるが、本論文は先行研究を十分に吸収するとともに、日本統治時代の統治政策の実施過程と原住民社会への影響などを分析している。また「地方化」という概念を援用しながら、原住民社会の普通行政区域編入に対する歴史的位置付けを行うに際し、歴史学的論究に加えて文化人類学的フィールドワークも試みた。さらに日本統治期の「理蕃」統治によって行われた地方化政策が、原住民社会の可視化をもたらしただけではなく、予期せぬ汎原住民意識を形成したことをも論証している。本論文は台湾原住民研究史において、大きな意義を有するといえよう。
 なお台湾では「原住民」という中国語による呼称が原住民自身により選択されているため、日本の台湾研究界でもこれを尊重して、一般に「先住民」という日本語による呼称を用いず、「原住民」という呼称を用いている。

2.文化文学言語分野
・倉本知明「愛情のユートピアから情欲と狂気のディストピアへ―「解厳」前後における蘇偉貞の眷村表象」
 現在、移民や難民をテーマとしたいわゆるディアスポラ研究は、文学や歴史・社会学といった領域を超えて大きな広がりを見せつつある。従来の日本の台湾文学研究界においては、日本統治期文学が主な研究対象とされてきたが、本論文は20世紀チャイニーズ・ディアスポラの象徴でもある戦後外省人文学、特に日本では先行研究に乏しい眷村文学に関して、「解厳」を境にテクストに現れた変化を論じている。本論文が研究対象とするのは、眷村出身作家である蘇偉貞が「解厳」前後に描いた二つの長編小説、『有縁千里』(1984年)と『離開同方』(1990年)とであり、台湾地方政治眷村、すなわち国民党軍軍人居住区という小説の舞台が、戒厳令体制維持機能や女性たちのセクシャリティをめぐる叙述方法の転換という視点から分析されている。「解厳」後、民主化運動と台湾人意識との高揚を背景に、眷村出身作家の作品からユートピア空間的眷村イメージが急速に後退する中、蘇偉貞が自らの眷村文学に「情欲」や「狂気」にとりつかれた人物たちを登場させ、「性」をめぐる叙述様式の転換を図ることにより、旧作における「純潔性」概念を破壊していく過程に関する批評は、説得力に溢れている。「純潔性」という名の下で隠蔽されてきた眷村内部の封建的・男性主義的な支配体系を蘇偉貞が如何にして批判的に描くに至ったか、また外省人二世世代にとっての「故郷」なるものを如何に再構築したのかを、丁寧に論じた点は高く評価できよう。

3.政治経済分野
・星純子「県市合併後の地域政治変動と社会運動―高雄市美濃区におけるローカルレジーム再編の初歩的考察」
 本論文は高雄県美濃において、地元の伝統的エリート、地元出身の高学歴青年を中心とする社会運動組織、葉タバコ栽培の親族経営に基づく血縁組織など地方政治の各主体が連合して形成する多元的ネットワークを、ローカルレジームと位置づけて研究したものである。台湾地方政治研究に地元客家の歴史風土、民主化と都市化にともなう農村文化運動の展開、インフラ整備や地場産業開発という地方経済振興政策など、地方の生活に密着したイッシューを対象に、学際的研究方法を援用して、現代台湾政治学研究の裾野を広げた点は、特に評価に値する。これにより、例えば農産物ブランド化や農業観光化をめぐる経済・文化と政治との関係を、民主化や補助金と密接に関係する中央と地方とのローカルレジームの変容という文脈において、実証的に分析することが可能となり、広義の社会経済的要素を踏まえた地域政治分析の枠組み構築が実現された。本論文は著者自身によるフィールドワークの成果を十分に活かしている点においても、異彩を放っている。

 

第7回選考委員会委員長
藤井省三
2013年3月10日


2013年5月25日(土)の日本台湾学会第8期第1回会員総会に先だって第7回日本台湾学会賞の贈呈式が行われました。また、同日の第15回学術大会懇親会の席上、各受賞者によるスピーチが行われました。



写真左から 山口理事長、倉本会員、星会員、松岡会員、藤井学会賞選考委員長