最終更新:2017年4月21日


第9回日本台湾学会賞
選考委員会報告書

(1)選考委員会の開催

 日本台湾学会賞選考委員会は、春山明哲委員長、山口守委員(文化文学言語分野)、張士陽委員(歴史社会分野)、松田康博委員(政治経済分野)、浅野豊美委員(歴史社会分野)から構成された。同委員会は、『日本台湾学会報』第17号(2015年9月刊行)及び第18号(2016年8月刊行)の掲載論文を対象に、メールにより各委員の意見交換を行うとともに、各理事からの推薦も参考にして、選考委員会を開催して、選考作業を行った。

(2)選考経過と結果

 学会賞選考委員会は、第1回から第8回までの選考方針と実績に留意し、各論文を慎重に審議した結果、以下の3篇を学会賞授賞論文として選定し、2017年3月5日に開催された第9期第6回常任理事会で報告し、承認された。

☆受賞論文
*歴史社会分野
・五十嵐隆幸「台湾における軍事戦略の転換 (1961-1991年) 」(第18号)

*文化文学言語分野
張文菁「1950年代台湾の通俗出版をめぐる文芸政策と専業化」(第18号)

*政治経済分野
・許珩「経済協力と日華関係の再模索-第一次円借款の交渉過程を中心に」(第18号)

(3)推薦理由

1.歴史社会分野
・五十嵐隆幸「台湾における軍事戦略の転換 (1961-1991年)
本論文は、1961年から91年までの台湾の「大陸反攻」作戦に向けた準備状況や「台湾防衛」作戦のための能力向上に向けた取り組みに着目し、その軍事戦略の転換時期について再検証した論文である。軍事戦略の転換について、これまで台湾の国軍が行ってきた公式説明には曖昧な点が多く、また研究者の中でも諸説がある。本論文はその「攻勢戦略」から「攻守一体戦略」への転換点が1969年から70年であったこと、そして1991年になって「守勢防衛戦略」へと転換したことを、文献を丹念に読みこなすことにより明らかにしている。いわば台湾における軍事戦略の「本土化」の時期がいつなのかという問いに対して、有力な説を提起した貢献は大きい。著者の分析が言説分析に重点があるため、実際の兵器体系の転換や経済との関連についての言及が少ないことが残念であるが、そうした不足を補って余り有る高い評価を与えることができる。

2.文化文学言語分野
・張文菁「1950年代台湾の通俗出版をめぐる文芸政策と専業化」
1950年代台湾における読者、作家、貸本屋等の出版流通の三つの要素を丹念に分析しつつ、いわゆる“通俗恋愛小説”というジャンルが確立されていく状況を解明し、台湾における“大衆文学”の政治性、社会性を広く深く考察した点で高く評価できる。本論文はまず国民党政府の文芸政策の時代的背景を踏まえたうえで、「反共」と「通俗」の二分法が明確になる当時の出版市場を俯瞰しつつ、その中で「反共+黄色」戦略が用いられた事情や実例を紹介する。それを受けて通俗文学の盛況を支えた作家の一人である金杏枝に焦点を当て、作家・テクスト・読者の往復運動に似た相互関連を、豊富な新資料を用いて分析する。この基礎に立って論述の時間軸を更に延伸する等の課題が残るものの、この領域の先行研究が極めて少なく、また金杏枝という謎めいた作家についても未解明だった点を鑑みれば、大量の新資料の提示や,その分析面で大きな貢献を果たした独創的な論文といえよう。作家研究を越えた文学研究の可能性を示唆した点でも、今後の研究の発展が期待できる。

3.政治経済分野
・許珩「経済協力と日華関係の再模索-第一次円借款の交渉過程を中心に」
本論文は、1960年代前半の日華経済協力交渉が実現した日本の台湾向け円借款供与について、日本側と台湾側の資料を全面的に用いることで、それを日本の対中ビニロン・プラント輸出および周鴻慶事件によって引き起こされた日本と国府間の対立関係を打開し関係の再構築を図った、経済的利益重視政策の表れと位置づけ実証した力作である。「吉田書簡」にまつわる1960年代までの日華・日台関係の先行研究をしっかり吸収した上で、中央研究院の近代史研究所と、日本外務省が行った資料公開のチャンスをフルに生かし、実務的なものも含めた一次資料を丹念に読みこなし、交渉過程を如実に再現し、堅実な結論を導いている。ただ、そうして実現された関係がいかなる「再構築」であったのかについて方向性を打ち出すことができればより理想的ではあったが、従来あまり重視されてこなかった対華円借款交渉の役割を再評価し、同時代の日中のLT貿易の展開や、吉田書簡以来の日台の政治的関係と絡めて、日華・日台関係史に新たな視点を、実証研究を土台に提供した点は、高く評価することができる。

以上
第9回選考委員会委員長
春山明哲

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