日本台湾学会台北定例研究会


 

第87回

日時 2021年10月23日(土) 15時~
場所 国立台湾大学台湾文学研究所
報告者 黄馨儀氏(静宜大学日本語文学系)
テーマ 「日治時期台灣之通譯:試論東方孝義」
コメンテータ 冨田哲(淡江大学日本語文学系)
使用言語 北京語
参加人数 5名

 

活動報告

  黄氏はかねてより日本統治期の通訳者の研究を続けてきたが、今回は警察や法院で通訳にたずさわった東方孝義についての報告だった。東方は1913年から1946年まで台湾に滞在した人物で、日本人警察官などへの台湾語の教育や、『台日新辞書』など台湾語の辞典の編纂にもあたった。『語苑』や『台湾警察協会雑誌』などといった雑誌に台湾語学習や風俗にかんする記事を多数投稿し、1942年には『台湾習俗』という著作も刊行している。
 一方で、東方は『語苑』の関係者がかかわっていた警察官の台湾語教材の内容や検定試験の方法などをきびしく批判し、黄氏が言うところの「語苑派」からはげしい反論をまねくことになった。また、『語苑』各号に掲載される編集委員、あるいは『語苑』の発行元である台湾語通信研究会の役員名簿からも、東方が関係者のなかで置かれていた微妙な位置が見てとれるという。
 以上の報告に対してコメンテーターおよび他の参加者から、東方という人物をとりたてて論じることの意味、またその東方と「語苑派」のあいだの対立からいかなる構造的問題を見いだしうるのか、といった質問が出た。東方と『語苑』関係者との関係についても、『語苑』以外の史料ももちいて多角的に立証する必要があるとの指摘があった。すでに制度化をみていた「台湾語業界」で、あえて周囲に対抗する主張をすることで、みずからの存在を大きくしようとしていた可能性はないか、東方を支持する人々もいたのではないかといった意見もあった。
 黄氏も紹介していたが、中島利郎氏は2000年の論文で、総督府からすれば台湾人の民族意識を助長しかねない『台湾習俗』という書籍が1942年に、それも東方が在職していた高等法院検察局通訳室を出版元として出ていることの奇妙さを指摘している。これもさらなる探求が待たれる点である。
 日本統治期に台湾語や台湾社会に関心を持ち、研究に没頭した日本人は少なくない。しかし、かれらの研究成果が植民地統治の産物であったことが批判的に検討されないままに、その意義が論じられることが往々にしてある(ある歴史学者の言を借りれば、植民地下の「文化人枠」に入れられる)。総督府の警察官吏だった東方という人物は、植民地統治体制を背景とした知の形成を考えるうえできわめて重要な人物である。黄氏のこれからの研究の進展を心待ちにしている。(冨田哲 記)