最終更新:2011年5月30日

第6回日本台湾学会賞
選考委員会報告書


 

(1)選考委員会の開催
 第6回日本台湾学会賞選考委員会は、2011年3月5日早稲田大学政治経済学術院若林研究室にて開催された。出席は、若林正丈(委員長)、張士陽(歴史社会分野)、松本充豊(政治経済分野)、星名宏修(文化文学言語分野)の4名の会員であった。もう1人の審査委員笠原政治会員(歴史社会分野)は、やむを得ない事情で欠席であったが、事前に詳細な書面意見を委員長に寄せ、最終決定は委員会の決定に委ねるとの意思を表明していた。

(2)選考経過と結果
 冒頭に委員長より、委員長作成の「第六回日本台湾学会賞選考委員会会議資料」を配布し、これにより選考の対象となる論文、理事推薦意見の梗概、これまで踏まえられてきた選考方針及びこれまでの受賞者名を確認した。これまでの選考方針とは、(1)歴史社会、政治経済、文化文学言語の三分野から各1篇づつ選ぶことを原則とする。(2)過去の受賞者の扱いに留意すること、(3)学会賞の趣旨が「若手の奨励」のためであることに留意すること、の3点である。次いで、委員長が笠原委員の書面意見を読み上げた後、各委員の意見表明と審議に入った。今回の対象論文には優秀な作品が多く審議は難航し、歴史社会部門については、下記の2本の論文には甲乙つけがたいとの結論に達した。結果、次にあげる4論文を常任理事会に推薦するに決し、早稲田大学22号館で開催中の常任理事会に上記4名が出席し、口頭にて審議経過と結果、選考理由等を説明し、承認を得た。

☆受賞論文
*歴史社会分野
・羽根次郎「啓蒙思想期以降のヨーロッパにおける南台湾記述と「南東台湾」の発見について」(第12号)
・張 曉旻「植民地台湾における強制性病検診治療制の確立過程」(第12号)

*文化文学言語分野
・松崎寛子「台湾の高校「国文」教科書における台湾文学―鄭清文「我要再回来唱歌」を中心に―」(第12号)

*政治経済分野
・黄偉修「李登輝総統の大陸政策決定モデルに関する一考察―1998年辜汪会見を事例として―」(第11号)

(3)推薦理由
1.歴史社会分野
・羽根次郎:「啓蒙思想期以降のヨーロッパにおける南台湾記述と「南東台湾」の発見について」
 台湾出兵などで「活躍」したルジャンドルの「番地無主論」を再検討するために,「番地無主論」にいたる台湾南東部に関する認識の変化を啓蒙思想期のヨーロッパにおける南台湾記述に遡って検討し,ヨーロッパでは南東台湾には神秘的な牧歌的風景の広がる地域というイメージが広がっていたが,漂流事件は強い動揺を与え,そのイメージが変化し「番地無主論」に影響したことを丹念に検証している。本研究は斬新な比較文化史的発想に富み,またこれまで日本における台湾史研究では19世紀以前の研究が乏しいという状況だったが,本研究におけるフランス語など欧文史料と清代の漢文史料との丁寧な対照による論証も評価できる。1880年代以降の欧米の台湾認識の変化と台湾政策の展開やそれに対する清朝政策や台湾社会の対応に関する研究の進展が今後期待される。(張士陽)

・張暁旻:「植民地台湾における強制性病検診治療体制の確立過程」
 性病検診治療に着目して,公娼制度を中核とする買売春管理体制の特質を分析し,支配当局は在台内地人社会を性病から守ることを第一義的課題とし,本島人社会の買売春問題に対しては消極的な姿勢で1920年代になってやっと着手したと結論づけた。これまで植民地期台湾の公衆衛生や植民地医療政策史ではペストやマラリアといった急性伝染病対策の研究が中心であったが,近年,慢性伝染病対策に関する研究も始まり,本研究はその流れの中で性病対策に着目し,合わせて公娼制度にも留意して台湾総督府文書などの史料を丹念に整理し,政策の確立過程を地域的な差も考慮にいれて詳細に辿った力作である。台湾総督府の植民地統治における「公衆衛生」政策や「伝染病」対策の差別的な側面がよく理解できる。1920年代以降さらに増大した公娼とその対策や社会との関係について各地域の事例的研究の進展が今後期待できる。(張士陽)

2.文化文学言語分野
・松崎寛子:「台湾の高校「国文」教科書における台湾文学―鄭清文「我要再回来唱歌」を中心に―」
 ここ数年来、台湾文学研究の領域では、「読者」が重要なテーマとして浮上している。松崎寛子氏の論文もこうした問題関心を共有するが、中等教育における「国文」教科書に焦点を当てた点に独自性がある。教科書は、それを学ぶ生徒の国家・社会意識の形成に大きな影響を及ぼすだけでなく、今や重要な読書市場にもなったという松崎氏は、「戦後」の検定制度を歴史的にたどりつつ、民主化運動の高揚のもとで台湾文学が教材として教科書に採用(1996~)されていく経緯を説得的に論証している。
 論文の後半では、1979年に創作された鄭清文の小説「我要再回来唱歌」を取り上げる。作者が「台湾意識」を託した同作品が2000年に「国文」教科書に採用され、いかに解釈されていくのかを、教育法規や指導要領の改定はもちろん、教師用の指導書や具体的な授業実践の記録までも視野に入れ詳細に検討しており、台湾文学研究に大きな一石を投じたと高く評価したい。(星名宏修)

3.政治経済分野
・黄偉修:「李登輝総統の大陸政策決定モデルに関する一考察―1998年辜汪会見を事例として―」
 本論文は、1998年の「辜汪会見」の事例分析を通じて、国家安全会議を中心とした李登輝政権期の組織的な大陸政策決定過程を考察し、そのモデル化を試みたものである。マクロ的な中台関係の構造や国内外の諸要因との関係から大陸政策の変化を論じた研究は少なくないが、ミクロな視点から政策決定過程を分析した研究は皆無に等しい。また、過去の事例を扱う研究ではマルチ・アーカーバルな手法を用いることが可能かもしれないが、最近の事例ともなればそれも難しい。本論文ではそうした問題を克服すべく関係者へのインタビューなどの手法が駆使され、丹念な資料収集が行われている。モデルの検証については検討の余地が残るものの、台湾の大陸政策決定過程という重要な課題に取り組み、そのモデル化に挑んだ本論文は斬新かつ意欲的な論考であると評価することができる。台湾研究における貢献の度合いという点からも条件を十分満たすものであることから、本学会賞受賞作品に値すると判断される。(松本充豊)

 

第6回選考委員会委員長
若林正丈
2011年3月17日


2011年5月28日(土)の日本台湾学会第7期第1回会員総会に先だって第6回日本台湾学会賞の贈呈式が行われ、同日の第13回学術大会懇親会の席上、各受賞者によるスピーチが行われました。


歴史社会分野 羽根次郎会員



歴史社会分野 張曉旻会員(冨田哲会員代読)



文化文学言語分野 松崎寛子会員



政治経済分野 黄偉修会員