最終更新:2025年5月15日
第13回日本台湾学会賞
選考委員会報告書
(1)選考委員会の開催
日本台湾学会賞選考委員会は、松本充豊委員長、三須祐介副委員長、冨田哲委員、張文菁委員、清水麗委員から構成された。同委員会は、『日本台湾学会報』第25号及び第26号の掲載論文を対象に、今期理事及び名誉理事長に候補論文推薦を依頼し、回答を集約した。その後、情報セキュリティに十分配慮した上で、オンラインミーティングを利用して、全委員参加のもと選考委員会を開催した。
(2)選考経過と結果
学会賞選考委員会は、2021年5月29日第23回総会にて改正の「日本台湾学会賞規定」、および第1回から第12回までの選考方針と実績に留意し、各論文を慎重に審議した結果、以下の1篇を学会賞授賞論文として選定し、2025年3月11日から16日の間に第13期理事会でメール審議され、承認された。
☆受賞論文
*歴史社会分野
・鈴木恵可/マグダレナ・コウオジェイ「トランスナショナルな視点からみた台湾と日本の近現代美術史――日台夫妻の油絵画家・呉天華と小嶋久子の画業と人生を事例に――」(第26号)
*文化文学言語分野
・該当なし
*政治経済分野
・該当なし
(3)推薦理由
1.歴史社会分野
・鈴木恵可/マグダレナ・コウオジェイ「トランスナショナルな視点からみた台湾と日本の近現代美術史――日台夫妻の油絵画家・呉天華と小嶋久子の画業と人生を事例に――」
本論文は、これまで広く知られることはなかった油絵画家、呉天華・小嶋久子夫妻の人生を実証的かつ深みのある論述によってあとづけている。筆者の鈴木・コウオジェイ両氏は、夫妻の作品の保管や公開にとりくんでいる遺族と知己を得、作品の分析や遺族・親族へのインタビュー、夫妻の所蔵品など関連資料の調査を台湾と日本で手分けしてすすめ、日台の近現代美術史研究に一石を投じる力作を完成させた。
彰化で生まれ育った呉と、幼少期に台湾にいたこともある小嶋は終戦前後に知り合い、1946年に結婚して東京に住んだ。実業家としての才にたけ、経済的な基盤をきずいた後に創作に没頭するようになった呉と、家庭内で「良妻賢母」的な役割をにないつつも、かぎられた時間のなかで画作を続けていたと思われる小嶋の二人の画家としての活動が、植民地下の台湾、戦後の国籍問題と在日「外国人」としての立場、「二つの中国」をめぐる国際情勢の変化を背景とした呉の「中国」への憧憬など、同時代のトランスナショナルな文脈と不可分にむすびついていたことを説得力をもって論じている点を高く評価したい。また、『日本台湾学会報』掲載論文で正面から美術史にとりくんだものは今回がはじめてであり、筆者の誠実な努力によって、本学会がおくればせながらも日台の近現代美術史研究に向けてこうした研究を発信できたことも意義深い。
なお、筆者の作品調査の過程で、ほとんど残っていないと思われていた小嶋の作品が一定数存在することがわかり、それによって2023年に遺族が経営するギャラリーで小嶋の作品展が開催されるにいたったという。感銘を禁じえない。
ぜひ本論文の続編を読みたいという気持ちにさせられたことも、選考委員が一致して本論文を推薦した理由である。マイクロ・ヒストリーを研究手法としてかかげる以上、呉・小嶋夫妻を対象とした今回の研究は必然的に、同時代を生き越境の実践をつみかさねた台湾や日本、あるいは東アジアの画家の活動や思想の探求へとつながっていくはずである。また、筆者はすでに一定の論述をこころみているが、そうした作業をトランスナショナルな視点からの考察によってこと足れりとできるはずもない。「ナショナル・アート・ヒストリーの枠組みからこぼれ落ちてしまった画家たちの多様性」を立体的にえがきだす、よりスケールの大きな研究の展開を期待している。
2.文化文学言語分野
・該当なし
3.政治経済分野
・該当なし
以上
第13回日本台湾学会賞選考委員会
選考委員長 松本充豊