最終更新:2025年5月15日

第2回日本台湾学会学術賞
選考委員会報告書


 

(1)選考委員会の開催

 日本台湾学会第2回学術賞選考委員会は、三尾裕子委員長、松田康博副委員長、何義麟委員、佐藤幸人委員、山口守委員から構成された。記録は三澤真美恵理事が務めた。本選考委員会は日本在住の審査委員と台湾在住の審査委員から構成されているため、選考委員会は対面式で行わず、情報セキュリティに十分配慮したうえで、全委員オンライン参加の下に選考作業を進めた。

 

(2)選考経過と結果
 本選考委員会は「日本台湾学会学術賞規定」に基づき、2022年4月1日〜2024年3月31日の間に刊行された、会員の日本語による単著書を対象として、2024年2月1日〜4月15日の期間、全会員に推薦を依頼
し、その結果推薦された書籍について選考を行った。選考委員会は慎重かつ厳正に審議して、日本台湾学会第2回学術賞授賞候補として以下の著書を選定した。


☆推薦著書
垂水千恵『台湾文学というポリフォニー――往還する日台の想像力』(岩波書店、2023年3月)

 

(3)推薦理由

1.歴史社会分野
 本書は国際学会における著者の台湾文学研究の発表をもとにした論文集で、日本と台湾の十数名に及ぶ作家を比較対照させながら、文学から表象文化まで複合的な視点から考察した学術書である。各章で展開される作家論や作品論自体が、台湾文学の多元的な解読を示すだけでなく、その個別論が更に相互に関連して台湾文学の総体的多元性を示す点が本書の特徴である。書名にあるポリフォニーとは、その研究対象である台湾を描いた作品内容が多声的であるだけでなく、多声的に読み解く必要があり、また多声的な方法を用いて研究する必要があることを象徴的に表している。その内容を要約すると以下のようになる。

 第1章は台湾の左翼作家楊逵を取り上げ、その日本語創作にどのような戦略があり、当時の日本文壇の動向を熟知した上でどのような叙述戦略を構想したか、更にそこから生じるジレンマについて述べる。第2章は楊逵と交流のあったプロレタリア作家中西伊之助を取り上げ、今度は日本の側からの台湾表象を論じる。第3章では日本人作家大鹿卓の作品における台湾原住民族表象を論じる中で、帝国の眼差しの問題がいっそう明確に分析される。第4章では山部歌津子が沖野岩三郎の偽装ではないかという前章最後の謎解きを受けて、山部歌津子名義の小説『蕃人ライサ』の舞台となった新竹が、戦後日本の推理小説家日影丈吉の「騒ぐ屍体」の中でどのような物語空間として設定されるかを扱う。第5章では、それまで述べてきた台湾表象の問題について、日本人女性作家真杉静枝を取り上げ、火野葦平、石川達三といった男性作家のミソジニー言説の原因を解説する。第6章では邱永漢、黄霊芝、第7章では陳舜臣、東山彰良を取り上げて、逆に台湾にルーツを持つ作家が日本語を駆使して創作する中で、日本や台湾がどのように表象されるかという、文字通りポリフォニックな視点からの分析を進める。第8章では丸谷才一の名著『裏声で歌へ君が代』を取り上げ、日本社会の台湾への冷淡な眼差しを析出する。第9章は時間の目盛りを更に進めて、紀大偉や邱妙津の作品を取り上げて、現在の台湾文学が発する輝きの一つ、LGBTQ+文学を論じている。第10章ではインターテクスチュアリティの観点から、著者自身が日本語に訳している邱妙津『ある鰐の手記』と村上春樹『ノルウェーの森』という二つのテクスト間の関係を論じる。第11章では、それまでの日台双方の眼差しの分析を応用する形で、吉田修一の小説『路』と魏徳聖の映画『海角七号』を取り上げ、すれ違う日台の鏡像を論じている。第12章では、現代日本文学を代表する二人の作家、津島佑子と中上健次の小説『あまりに野蛮な』と『異族』を取り上げて、その台湾表象を比較検討している。終章では、今後の台湾文学研究に対する著者の見通しが、期待を込めて鋭く提起されている。まず温又柔、李琴峰に言及して日本語文学の現在性を論じ、更にLGBTQ+文学における日台の共鳴を指摘している。また日本の高校国語教科書にその作
品が収録された呉明益を取り上げて、帝国や戦争の記憶に向き合う姿に同時代人として深い共鳴を表明する。それは台湾文学研究の現地点からどのように新たな研究を切り拓いていくかについて、傾聴すべき示唆に富み、また著者の今後の研究課題を予言するものであるとも言える。
 こうした本書が取り上げる作家には、台湾を描いたという共通性があるが、時間軸から見れば、日本統治期から第二次世界大戦や冷戦期を経た21世紀の今日まで、百数十年にわたる歴史の中で、作家が各時代、各社会を背景に、どのように自立した立場からの想像力を駆使して作品を生み出してきたか、本書は豊富な資料と緻密な筆致で論述する。一方、空間軸から見れば、それらの作品解読から、日本と台湾の対照性/非対照性が鏡像のように浮かび上がり、相互に交錯し、すれ違う眼差しを鋭く析出している。そこに「往還する日台の想像力」というサブタイトルの重要性が浮かび上がる。

 以上の点から、台湾文学研究の優れた成果として、本書を日本台湾学会第2回学術賞にふさわしい学術書として推薦する。

以上

第2回日本台湾学会学術賞
選考委員長 三尾裕子