日本台湾学会台北定例研究会


 

第26回

 

日時 2004年12月4日(土)18:00-20:00
場所 国立台北師範学院 行政大楼506室(社会科教育系討論室)
パネラー 呂 紹理 氏(政治大学歴史系)
司会 王 正華 氏(中央研究院近代史研究所)
テーマ 「博覧会と殖民地統治」
使用言語 北京語
参加費 無料



参加体験記
 南国台湾でも観測史上初めてという12月の台風が通過した12月4日の夜、国立台北師範学院において第26回定例研究会が行われた。今回の報告者は政治大学歴史学系の呂紹理氏。タイトルは「博覧会と植民地統治」で、17名が参加した。
 報告は六つのパートに分れていた。以下、順を追って要約する。

①「問題の視角」
 欧米諸国における博覧会の基本的姿勢の説明等を交えながら、博覧会における展示の権力関係と、その目的および効果について説明がなされた。その中で呂氏は、植民地に関する展示のプロセスを、監看(surveillance)、審視(investigation)といった展示者による観察を経て選択(篩選:sifting)が行われ、その選択の結果を再現(representing)するものであると指摘した。

②「1903年大阪第五回内国勧業博覧会」
 同博覧会での「台湾館」についての紹介があり、この博覧会の特色、総督府の参加目的、台湾館の建築や展示内容の説明があった。建造物が台湾から移築されてきたものであること、具体的な展示品として農産品や原住民に関するものがあったことなどが説明された(もっとも、1907年に東京で行われた東京勧業博覧会では台湾館が中国北方風の建築となり、呂氏はこれを日本人の台湾に対するイメージが具体化されたものであると指摘した)。台湾の士紳階級もこの大阪での博覧会に招かれ、台湾における教育や経済の発展を強く意識したが、一方でこの展示活動によっても日本内地の人々の台湾に対するイメージにはあまり変化が見られなかったという。

③「展示活動の継承、複製と変化」
 大阪での博覧会以降、各種イベントでの台湾館にはしばしば「台湾喫茶店」というブースが設けられ、台湾のウーロン茶の販売などが行われたが、これがきわめて好評であったこと、そして台湾館が通常はアミューズメントエリアに配置されたことなどが紹介された。そしてその展示品も米や砂糖など台湾の物産が中心であり、そこには博覧会をきっかけに台湾の物産を日本内地に売り込もうという意識が強く見られたという。また、当時の日本国内で行われた博覧会では、そのほとんどの建築がルネッサンス様式かバロック様式であったのに対し、台湾館だけが華美な装飾の中国式建築だったため、台湾館の建築が他の西洋的建築に比して大変目立っており、そのために観衆にも強く印象づけられることになったと指摘した。

④『「台湾館」の展示から「台湾」の展示へ』
 台湾において開催された博覧会として1908年の汽車博覧会、1916年の台湾勧業共進会などが紹介された。その中で呂氏は汽車博覧会が博覧会と呼べる性質のものでなかったこと、台湾において本格的な博覧会がなかなか実施されなかったことの原因として「蕃害」の要素があったことを指摘した。台湾勧業共進会開催の目的としては、台湾に内地資本を引き込むこと、南進政策の影響などが挙げられた。また台湾で行われた博覧会では士紳層が「廟会」(廟における祭礼)の様子を紹介することも盛んに行われていたという。

⑤「展示活動の社会的拡張」
 博覧会に出品された物品は、その後常設施設に展示されることもあった。その具体例として呂氏は「総督府博物館」と台湾各地に建設された「商品陳列館」を紹介し、とくに後者設置の目的は台湾各地の商品を日本内地に売り込むことにあったという。また商品陳列のためのショーケースの使用や、1919年以降の商品広告の増加にも言及した。

 以上を受けて呂氏は、博覧会の効果として、茶に代表される台湾の物産の輸出先の開拓、内地資本の台湾への導入などをあげた。また、一般的には博覧会の大きな要素の一つである文化と芸術に関する展示が台湾での博覧会にはなかったことも指摘した。さらに、「博覧会での文化覇権」という考え方を示し、大阪での博覧会で行われた原住民に関する展示(首刈の様子を展示)が、「開化」と「未開」を強調するものであったと論じた。
 参加者からは、博覧会における各ブースの配置、博覧会で使用される施設の「臨時性」と「永久性」の問題、また台湾で行われた博覧会に観光という概念がどのように反映されていたのかといった質問が出された。呂氏は博覧会施設の質問に対する回答で、日本と欧米における博覧会施設のその後の処理法の違いとして、日本ではほとんどの建築が終了後取り壊されるのに対し、欧米ではいくつかの建物はその後も引き続き使用されたと述べた。
 台湾史の領域において博覧会というテーマ自体新しいものであり、呂氏の報告をとても興味深く拝聴させていただいた。まず、呂氏が提起した博覧会における「文化覇権」という考え方からは、台湾に限らず、植民地研究において統治者の視点が重要なファクターになることを強く感じた。また、近年、植民地支配と「近代化」の問題が盛んに議論されているが、博覧会はその「近代化」に、「民衆(下からの視点)」という要素がからみあう大変興味深いテーマであると考える。なぜなら博覧会というイベントが「近代化」の具体化であって、その対象は不特定多数の人々であり、その中でもいわゆる一般大衆と呼ばれるような人々が多くいるはずだからである。博覧会の問題を考察する際には、こうした下からの視点が重要であり、目下の台湾史研究において、このような視点を持つ研究は比較的少ないのではないだろうか。呂氏自身も指摘していたように、このテーマはさまざまな角度からの分析が可能なものであり、今後、個々の研究領域にとらわれない、より学際的な視点から研究を深化させていく必要があるだろう。(坂井洋記)