日本台湾学会台北定例研究会
第29回
日時 | 2005年3月26日(土) 18:00-20:00 |
場所 | 国立台北師範学院 行政大楼506室(社会科教育系討論室) |
報告者 | 石田 浩 氏(関西大学経済学部、日本台湾学会理事長) |
テーマ | 「中台経済交流の回顧と展望」 |
使用言語 | 日本語 |
参加体験記
2005年3月26日午後6時より台北師範学院において第29回台北定例研究会が行われた。報告者は、関西大学経済学部教授で現在の日本台湾学会理事長である石田浩氏であった。コメンテーターは特に置かれず、参加者は20名前後であった。
報告は、関西大学出版部から近刊予定である石田氏の著書『台湾民主化と中台経済関係』の最終章を基にして、「中台経済交流の回顧と展望-台湾本土化と台湾アイデンティティ」という題目で行われた。報告レジュメは中国語で書かれていたが、口頭の報告及び質疑応答は日本語で行われた。
報告の内容は、まず中台経済交流の現状を確認することから始まった。1980年代後半の戒厳令の解除・民主化から同時進行で中台経済交流は進行していき、いまや台湾の自立性・安全保障に脅威を与えるまでに至っているとされた。台湾の統計資料を用いた分析は、数値の信頼性の問題や地下経済の存在等から限界があるものの、統計資料を用いて中台経済交流の現状が示された。貿易の面では、特に輸出において中国への依存が目立ち、台湾の黒字はほとんど対中貿易からもたらされており、一方で対日貿易の大幅赤字は依然として続いていて、従来の日米台から日台中の三角関係へと移行している。次に投資の面では、未申請の投資が非常に多いため全体像をつかむのに困難があるが、英領中米経由のものを含めると台湾からの対中投資は非常に高い比率を占めるようになっている。最近の投資では、特に電子・IT産業における中国での組み立て加工が目立ち、地域的には上海・江蘇省への投資が活発である。最後に人的交流の面では、台湾と中国の間の国際電話や台商の頻繁な里帰りを例にとって交流の進展が説明された。
このように中台経済交流が活発に進展していっている一方で、政治の民主化にあわせて経済の面でも「民主化」が進み、国内建設への活発な投資などが見られるようになった。他方IT産業の中国投資に見られるように、現在の台湾の経済は中国投資なくしては成り立たない程度にまで対中依存が進んでおり、特に台商を中心として台湾の財界からは対中投資の緩和や三通の実現へ向けて強い要望が出されている。しかし、台湾の世論の動きを見ると、台湾アイデンティティは確実にこの間成長してきており、台商・財界の要求とはずれを示しているように捉えられる。現在の台湾の状況は、本土化・自立化を目標とした政治の内向化と、中台経済交流の深化に象徴される経済の外向化の間の矛盾として把握することができ、この矛盾をめぐって国内の議論は分裂しており対中政策も不安定の度合いを深めている。
以上が石田氏の報告の骨子であり、この報告をめぐって活発な質疑応答が行われた。全てを列挙することはできないが、中台経済交流の中で何が最も代表的な指標として捉えられるのか、経済の対中依存が果たして政治・安全保障における危険と等値できるのか、台湾からの投資の中身はどのようなものであるか、中台経済交流の進展の中で中国側はどのような影響を受けているのか、などの点について質問が出された。これに対する石田氏からの回答は、中台経済交流は貿易・投資の両面で進展しており、特に輸出先・投資先として中国が占める比重は非常に大きいということ、一方で中国からの輸入も急激に伸びており、電子・IT産業など台湾の中核的な産業が中国への依存を強めていることとあわせ台湾の自立性は危ういレベルにあるということ、中国の目覚しい経済発展にもかかわらず中国の農村部は依然として過剰人口を多く抱えており貧困はいまだ解決されていないこと、などの点が指摘された。
報告では中台経済交流の実状について豊富な統計資料を用いて具体的な説明がなされ、筆者のような経済学の素人でも非常に分かりやすかった。質疑応答も活発に行われ、現在の台湾が直面している経済状況について理解が深められた。個人的には、政治の内向化と経済の外向化という概念化は非常に刺激的であり、近年の台湾が置かれている状況を分析する上で大きな示唆を与えてくれるものと考えた。他方、中国に対する経済的依存については十分な説明がなされたものの、それを政治的な自立性の問題と結び付けて考察するためには、もう少し慎重かつ具体的な分析が伴う必要があるのではないかと感じたのも事実である。いずれにせよ、中台経済交流の現段階について詳細な考察を行いながら台湾の自立性の確立を訴える石田氏の態度からは、台湾の今後に対する熱い思い入れが感じ取られ、非常に印象的であった。(若畑省二記)