日本台湾学会台北定例研究会
第32回
日時 | 2005年10月1日(土) 15:00-17:00 |
場所 | 国立台北教育大学(旧国立台北師範学院)行政大楼506室(社会科教育系討論室) |
報告者 | 藤井 健志 氏(東京学芸大学、中央研究院民族学研究所訪問学人) |
コメンテーター | 藤井 健志 氏(東京学芸大学、中央研究院民族学研究所訪問学人) |
テーマ | 「現代台湾の日本宗教」 |
使用言語 | 日本語 |
参加体験記
10月1日に国立台北教育大学で開催された日本台湾学会第32回例会では、藤井健志氏(東京学芸大学教授、中央研究院民族学研究所訪問学人)が「現代台湾の日本宗教」と題して報告を行い、黄智慧氏(中央研究院民族学研究所)がコメンテーターをつとめた。
報告ではまず日本宗教の海外での活動概要、現代(戦後から現在までの約60年間)台湾の日本宗教に関する先行研究の紹介及び研究の必要性を述べたあと、 「既成宗教」と「新宗教」の違いとして(1)「既成宗教」では個人の救済よりも社会的儀礼の実施に重点が置かれていたのに対し、「新宗教」では一般に現世 利益をもたらす広い意味での呪術的儀礼と人生に新たな意味を付与する教義を持つ(2)海外へ進出する場合、「既成宗教」は日本人・日系人社会と密接な関係 を持って社会的儀礼を遂行してきた場合が多いが、「新宗教」は文化、民族、国籍にかからわない個人救済を標榜していることの二点をあげた。また、日本の 「新宗教」の教義は日常生活をどのような心構えで生きるべきかといった倫理的形式で表明されることが多いが、海外で成功する「新宗教」の救済方法として (1)単純明快な呪術的実践(2)実際的な生活倫理(3)論理的言説(4)宗教の多元性への積極的対処の四点を紹介し、異文化コミュニケーションの困難が あまり伴わない呪術的行為の役割、台湾の宗教と日本宗教の救済方法の違いといった観点からの検討の必要性を述べた。
そして、先行研究での分類法としてまず、日本の「新宗教」の組織形態をタテ関係を重視した「おやこ型」とヨコ関係を重視した「中央集権型」に分類する見 方を紹介し、日本での活動と台湾での活動方式の違いを認めながらもこの二分類を本研究でも採用するとした。さらに、海外でどのようにホスト社会の信者(台 湾人)が組み込まれていったかを見るために、布教の様態によって「教師中心参詣型宗教」と「信者中心万人布教型宗教」に分類できることを説明した。一般的 に「おやこ型」の組織形態を持っている教団の布教の主体は個人であるが、より分かりやすくするために、a日本から台湾への普及の様態と、b台湾内部での普 及様態とを分け、aでは普及成果と密接に結びついている布教の主体(信者個人か、教団か)について、bでは台湾の伝統宗教では一般的ではないが日本の「新 宗教」では一般的である「万人布教者主義」が台湾で活動する各教団でどのように実践されているのかといった観点を軸に考察していくことを説明した。また、 海外で普及している日本宗教は基本的には普遍主義の立場に立っているはずであるが、台湾社会・文化へ適応させるためにどの程度変容させているのか、こうし た課題についての日本語世代の役割、救済方法・組織形態・布教形態の可変性、経済的支援についても検討しながら、現在台湾で活動していると思われる日本宗 教団体について活動状況を紹介した。
その結果、台湾では教団の明確な布教意志から始められた布教が少なく、普遍主義が布教に直結していないところが多い、「万人布教者主義」が台湾ではうま く機能しておらず、「参詣型」への移行がおこりやすいのではないか、そして多くの教団では日本での活動と大きな差異がない、また多くの教団がすでに戒厳令 下で活動を始めていたため、その後の戒厳令解除よりも日台間の経済的・人的交流が布教に大きく影響している等をあげ、布教組織の整備、熱心な布教者の存在 等が台湾における活動の成否に大きく影響しているのではないかと結んだ。また、今後の課題として台湾の社会的背景との関係をあげた。
以上の報告に対し、黄氏はこれまでの調査はチームによる調査が中心であり、今回の報告は藤井氏が個人に調べ上げた貴重な資料であると述べた上で、これま で台湾での戦後の日本宗教の研究がされていなかったのはなぜかという説明に対する疑問点、日本での研究成果による分類法を紹介しそれを台湾における日本宗 教に当てはめているが、そういった分類方法が台湾での活動に適用でできるものなのか、海外での布教には日本文化の力や日本語世代も関係しているのではない か、台湾での伝統宗教の力が強くなってきたことが日本宗教の活動が発展しない原因となっているのではないか等の疑問点を挙げた。それに対し、藤井氏は台湾 の戦前の日本宗教の資料の豊富さに比べ、戦後は資料が少なくあまり研究されてこなかった、台湾の事例から概念を分類することの必要性は認識しているが台湾 の教団についての知識が豊富でないため、先行研究の分類法を活用した、しかしそれは分類することに意義があるのでなく整理のためものであった、台湾と日本 の宗教概念の違いなどについては今後の課題としたいと述べた。
その後、日本宗教の信者となった人の回想などの利用、活動基盤について、日本と台湾での教義の違い、社会事業への参与等さまざまな質問があった。
今回の発表を拝聴させていただき、それまでの「新興宗教」という言葉に対するカルト的なイメージが払拭され、宗教というものを社会との関係という新しい視点から考えることができ、大変参考になった。(林崎恵美記)