日本台湾学会台北定例研究会


 

第46回

 

日時 2008年7月5日(土) 15:00開始
場所 淡江大学台北校園D328室
(台北市大安区金華街199巷5号)
報告者 陳 萱 氏(中央研究院台湾史研究所博士後研究)
テーマ 「台湾事件をめぐる言説空間―「爾乃少女」の描写にあらわれた日本国威発揚」
使用言語 北京語
コメンテーター 楊 素霞 氏(南台科技大学応用日語系)
参加費 無料
参考資料 河原功「日本統治下台湾での『検閲』の実態」『東洋文化』86号、東京大学東洋文化研究所、2006年3月。(当日会場でコピーをお配りします)



参加体験記

 2008年7月5日、淡江大学台北校園において日本台湾学会第46回台北定例研究会が開催された。参加者は報告者を含め15人で、大学院生を含む、比較的若手の研究者が中心に活発な議論がおこなわれた。

 まず、研究会の概要をまとめておきたい。発表は、陳萱氏(中央研究院台湾史研究所博士後研究)により、「台湾事件をめぐる言説空間―「爾乃少女」の描写 にあらわれた日本国威発揚―」というタイトルで行われた。なお、報告(および配布資料)は日本語で提供された。

 陳報告の主旨は、「台湾事件」(いわゆる、1874年の牡丹社事件)について、新聞などのメディアや戦記物などの言説を分析することで、当時の日本がど のような台湾理解を形成しつつあったのかを検討するというものであった。報告者が分析した史料は、日本で発行されていた新聞、「台湾事件」を題材とした実 録作品、それらに合わせて描かれた新聞錦絵などである。結論としては、台湾は原住民による食人習慣がある地域として、きわめて野蛮なイメージが定着しつつ あり、日本が「文明」的な教化の対象として台湾をとらえるようになったことが指摘された。なかでも、原住民の少女(「爾乃少女」)に日本式の教育を施し、 それが美挙として逐一新聞に報道されたことは、この事件を通して、日本が「国威発揚」の方法を獲得したとする。

 報告に対しては、楊素霞氏(南台科技大学応用日語系)から、次の5点にかんして、丁寧なコメントがあった。1) 近年の「台湾事件」をめぐる研究状況について、2) 言説空間をめぐるこれまでの研究動向、3) 当時の新聞の読者層について、4)食人習慣の情報を最初にもたらした英字新聞の出所について、5)「台湾事件」を扱った実録作品の作者について。

 議論は、楊氏からのコメントを皮切りに、活発に行われた。なかでも、報告者がスライドで用意した、「爾乃少女」の錦絵をめぐっては、その描かれ方などについてもさまざまな解釈の可能性が指摘された。

本報告は、ともすれば二次史料として軽視しがちな新聞記事や文学作品の検討を通して、「台湾事件」が明治初期の日本にもたらした意義を再検討するもので あった。これは、単に同事件のみとどまらず、その後の対外戦争や外交事件をめぐって、どのような言説空間が形成されたのかといった問題とも、比較・検討の 可能性を示しているだろう。

最後に贅言するならば、私はこれまで、日本で日本を対象とした歴史研究にたずさわってきた。今回の研究会に参加したことで、改めて、研究発表や論文執筆に どの言語を使用するかが、常に、誰に向かって発信しているのかを問うているのだと実感せざるをえなかった。報告が日本語で行われたため、議論に加わること が容易であったことは事実であるが、報告および議論をうかがっての印象は、明らかに外国研究としてのそれであった。外国研究としての日本史研究の可能性を どのように考えるかは、明治以後の日本の展開を考えれば、きわめて重要な作業なはずである。本研究会は、そのようなことを一考する契機となった。(市川智生記)