日本台湾学会台北定例研究会


 

第61回

 

日時 2012年6月16日(土) 15:00開始
場所 国立台北教育大学行政大楼A605室
(台北市大安区和平東路二段134號)
報告者 李 ハイ蓉 氏(文藻外語学院日本語文系)
※ハイは「佩」の人偏を女偏に替える。
テーマ 「近代国家の形成と植民地支配における郵便事業―郵政事業民営化の問題をめぐって」
コメンテーター 蔡 龍保 氏(国立台北大学歴史学系)
使用言語 日本語



参加体験記
 2012年6月16日に、台北教育大学で第61回日本台湾学会台北例会が開催された。報告者は文藻外語学院日本語文系の李姵蓉氏、コメンテーターは台北大学歴史学系の蔡龍保氏、参加者は13名だった。
 「近代国家の形成と植民地支配における郵便事業―郵政事業民営化の問題をめぐって」と題された李氏の報告は、官による郵便事業の独占が日本における近代国民国家の形成にどのような役割をはたし、また日本統治下の台湾や朝鮮でどのように展開していったのかということにくわえて、世界的な潮流になっているという今日の郵便事業の民営化をも俎上にあげ、両者を歴史社会学的な視点からかさねあわせようというスケールの大きなものであった。報告の概要は以下のとおりである。
 明治期日本が郵便制度を官による独占とし郵便主権を確立したのは、それが国家・国民の統合のためにきわめて有益であるという判断があったからである。具体的には、郵便事業からえられる収入の確保、国家威信の表象化(たとえば切手や消印)、全国すみずみまでの国家機能の行使、国際社会からの承認といったことがらに対する志向があげられる。
 本国で郵便制度が確立をみた後、台湾そして朝鮮が日本の植民地統治のもとにおかれることになる。台湾では、すでに日本統治にさきだち、1888年に劉銘傳によって新式の郵便制度が実施されていたが、これは中国における近代郵政の端緒とされる大清郵政誕生の8年前のことである。ただ、台湾全体をカバーする本格的な郵便制度は台湾総督府によって導入された。草創期には野戦郵便局が設置され、ほどなく通常の郵便業務へと移行し各地に展開していくことになるが、当初は郵便に対する需要におうじて郵便制度が導入されたわけではかならずしもない。
 一方朝鮮では、19世紀末以降、日本が朝鮮で勢力・権益を拡大させていく過程で、郵便主権の侵害が進行していった。朝鮮が近代国家制度を整備する過程で郵便制度がすでに導入されていたのであり、この点で台湾の場合とはことなる。しかし、いずれの植民地においても、効果的で効率的な支配体制の確立に郵便制度という「文明」が大きく寄与したことはまちがいない。「治安」管理や国民統合といった面での役割が強く期待され、国家権力による検閲もできるようになった。
 こうした歴史的経緯をふまえると、今日の郵便事業のプライバタイゼーション(民営化)の国際的な潮流は、国家が郵便事業を独占しようとした時代、郵便主権の確保にやっきとなった時代とは逆方向を向いているように見える。しかし、当時の帝国主義的拡張と現在の自由化には類似する構造的な暴力性をみいだすことができる。というのも、郵便事業のプライバタイゼーションは、国家と資本の癒着関係のもとで、グローバル企業による郵便主権の簒奪、市場の獲得を可能にしてしまうからである。

 以上の報告に対して蔡氏から、国家による有効な統治の証明である郵便事業の植民地台湾における展開を歴史社会学の視点から分析した独創的な研究であり、従来からの歴史学研究にとっても参考になるところが多い、今後は帝国日本全体を射程に入れた研究を期待しているとの評価があった。一方で、帝国主義下の郵便制度の確立と今日のプライバタイゼーションを対照して分析することの是非、清朝末期の「近代化」に対する評価、利用史料、導入された本国の制度の各植民地での「変形」、グローバリゼーションとプライバタイゼーションの関連などについて問題提起があった。
 その後の質疑応答では、19世紀の帝国主義下での郵便主権と今日のグローバリズムのもとでのプライバタイゼーションを対照分析することに対して、やはりいくつかの質問が出た。李氏からは、植民地なき植民地主義が展開する今日の国家のありかたがかつてとはことなることはたしかであり、この変化について考えが深まっていない部分はあるが、いずれの時代においても国家がはたしている役割は重要であり、これを軸にすえた分析は有効であるとの回答があった。これ以外には、郵便事業が「国民」個人の認識レベルにあたえた影響、郵便の重要性の低下に対する理解、絵はがきや切手による植民地表象の分析、などについて質問や意見が出た。
蔡氏のコメントでも言及があったのだが、植民地統治とともに本格的に導入される近代制度で、今日民営化が 実施されたり話題になったりするものとして容易に思いつくのが、鉄道や電話といった国営(あるいは準国営)事業である。いずれも台湾総督府の統治体制をささえた事業であり、その後、日本においては1980年代に民営化されたが、これらも郵便事業と同様の考察が可能なのだろうか。また、郵便局が郵便とともにとりあつかった貯金や保険の業務についてはどのように論じられるのか。さまざまな方面で好奇心をそそられる、楽しくかつ有意義な報告であった。(冨田哲記)