日本台湾学会台北定例研究会


 

第64回

 

日時 2013年8月24日(土) 15:00開始
場所 国立台北教育大学行政大楼A605室
(台北市大安区和平東路二段134號
報告者 川上 桃子 氏(アジア経済研究所在台北調査員、中央研究院社会学研究所訪問学人)
テーマ 「台湾マスメディアにおける中国の影響力の浸透メカニズム」
コメンテーター 鵜飼 啓 氏(予定)(朝日新聞台北支局長)
使用言語 日本語



参加体験記
 2013年8月24日、国立台北教育大学行政大楼A605室で第64回台北例会が行われた。報告者は川上桃子氏(アジア経済研究所)、コメンテーターは鵜飼啓氏(朝日新聞台北支局長)で、13名の参加があった。
 報告のタイトルは「台湾マスメディアにおける中国の影響力の浸透メカニズム」。台湾マスメディアにおける中国の影響力の浸透メカニズムを中国政府と台湾資本の利益交換関係の緊密化、そしてマスメディアの商品生産システムという二つの角度から分析を試みたものである。以下、報告の概要をまとめる。


 最近、台湾の研究者の間で「中国ファクター(因素)」について耳にする機会が増えている。「中国ファクター」とは、中国が政治的、経済的に世界の表舞台へと躍り出ていく過程で台湾の民主社会に及ぼす様々な影響、特にマイナス面での影響を意味する。このような中国の負の影響力は最近になって始まったものではなく、1996年、李登輝氏が台湾初の有権者による直接選挙で総統に選出された時期に中国政府が台湾海峡でミサイル演習を実施したが、これが武力的な威嚇を通じて台湾の民主主義的な選択に影響力を及ぼそうとした最初の事件だった。この事件を一つの始まりとして、「中国ファクター」は今日にいたるまでその影響力を増してきたのである。特に2008年以降、「中国ファクター」は台湾の政治社会学者、呉介民氏の言葉を借りれば「政治的、経済的利益を共有する中国と台湾のアクターの間にアライアンスが形成されることが台湾の民主主義に対して及ぼす負の政治作用」として台湾社会の様々な局面でより一層そのプレゼンスを高めてきたという。
 台湾国内では長期にわたって、政党等を中心にマスメディアの影響力の争奪戦が展開されてきた。川上氏の指摘によれば、中国というアクターが登場してきたことによってこの争奪戦が国境をこえて「両岸化/国際化」しはじめている。そこで、川上氏は以下のような問題意識から台湾マスメディアに対する「中国ファクター」の影響力について分析を試みている。すなわち、「誰が、どのような利益構造のもとで、どのような経路を通じて、台湾社会におけるマスメディアの影響力を獲得し、利用しようとしているのか?」という問いかけである。台湾マスメディア産業における中国の影響力の強まりは、中国で事業を展開する企業家、旺旺グループに代表されるような大企業グループによるマスメディアの買収(2008年)と、その報道や言論内容への直接的あるいは間接的な介入から少なからず国民の反感を買うこととなった。これらの中国でビジネスを展開する企業家は買収したマスメディアを通じて対中配慮を強め、チベット・ウィグル問題、法輪功、台独といった中国政府が好まない報道を忌避するようになった。こうした台湾マスメディアに対する「中国ファクター」の影響は、台湾のテレビ局によるコンテンツの対中輸出、中国(国台辦)と台湾メディア企業幹部の直接的な「コミュニケーション」の日常化や中国各級政府による報道内容の買い付け、報道を装った宣伝(プレイスメント・マーケティング)といったルートを通じて強まっている。
 川上氏の分析によれば、1980年代末から1990年代の終わりの時期まで台湾の企業家にとって中国は輸出の拠点であり、昆山市や東莞市等の地方政府が利益交換の相手だった。台湾企業が現地で納税することによって地方政府の業績が向上するといった単純な利益交換関係に過ぎなかったのである。しかし、2000年代以降の中国経済の隆盛で、中国の国内市場が拡大し、台湾の一部の企業家が中央政府から地方政府に便宜を図ってもらい、中国の省をこえたビジネスを円滑に展開しようと画策するようになっていると推測される。こうして従来の「地方政府―輸出向け中小企業」間のパトロン・クライアント関係に加えて「中央政府―中国市場志向型の大型の台湾資本」間の政・商アライアンスが出現するようになったという。このように中国政府と台湾企業家との関係性が大きく変化したことから「エージェントとしての台商」が登場し、旺旺の蔡衍明氏等に代表されるようなエージェントがリーディングメディアとしての新聞社を買収したことで中国政府から重視されるようになったのである。特に台湾マスメディアにおいて、オーナーの影響力は強く、編集長や総主筆と頻繁に面会しその意志を現場に貫徹させる役割を果たしている。すなわち、台湾マスメディアは社会の公器というよりは市場メカニズムにさらされる私企業としての性格が強く、川上氏が結論づけるように、台湾内部の国家意識をめぐる対立、中国の台湾に対する政治的野心、中国国内市場の拡大、中国経済の国家資本主義的な性格といった台湾特有のコンテキストがマスメディアという社会的・公共的性格を有するべき領域への中国の影響力の浸透を引き起こしている。

 以上の報告内容に対して、鵜飼氏は以下のようなコメントを行った。報道内容の買い付けに関して、中国時報等の新聞社傘下の広告代理店が中国政府の要人訪問を請け負い、報道をどのタイミングでどの程度の規模で行うかなどをセッティングしている。台湾の企業家がマスメディアを買収する主な動機としては、政治的影響力や自らのステータスを上げることであり、メディアを保有することによって中国のトップクラスの要人とコネクションを構築できる等があげられる。さらにメディアがオーナーに支配されるという状況は米国でもよく見られるが、日本や米国等に比較して台湾ではメディアのオーナー支配の体質が際立っており、新聞は社会の公器であるという意識が欠如している。記者の社会的地位も低く、記者に対する新聞社の待遇も悪い。オーナーの鶴の一声で記者の首が飛ぶことも珍しくない。鵜飼氏から川上氏に提出された疑問点としては、中国政府はどのような報道を台湾に望んでいるのか、旺旺グループのあからさまな親中スタンスは読者離れにつながっており、中国政府としても逆に困っているのではないか?また、「中国ファクター」を抑制するために、台湾としては何をするべきなのか?台湾メディアの在り方をどのように変えていかなければいけないのか。

 以上を受けての参加者からの質疑応答では、中国の人権無視といった状況に対して台湾側は司法権で歯止めをかけることができない、また、台湾ではメディアの公正性よりもメディアがある政党の代弁者であるという意識が強く、今後「中国ファクター」が影響力を強化していくなかで、台湾側の修正能力に期待できるのか等の様々な論点が提示された。川上氏からの回答として、「中国ファクター」を抑制するためメディアへの出資に対して規制を行うにしても、規制を迂回したり、ダミー化する方法があるため徹底することは難しいこと、「中国ファクター」の行き過ぎを修正しようとする力については、台湾の市民社会の力、すなわち、反メディア独占運動にみられるような若者たちのネットを通じた動員、街にでて声をあげるといった行動が修正力として期待できるのではないかということが示された。

今回の報告は、中国で事業を展開する台湾の企業家と中国の内需市場をコントロールする中国政府との緊密な関係が「中国ファクター」という形で台湾の報道や言論の自由にマイナスの影響を与えている実態を明らかにした。川上氏が指摘するように、今後は台湾の若者世代を中心とする市民社会の抗議活動や行動力が「中国ファクター」の行き過ぎた浸透や影響に対する歯止めとしてより重要な役割を果たしていくだろうと考えられる。(田畠真弓記)