日本台湾学会台北定例研究会
第69回
日時 | 2015年9月12日(土) 15:00開始 |
場所 | 国立台北教育大学行政大楼A605室 |
報告者 | 松田 康博 氏(東京大学東洋文化研究所) |
テーマ | 「馬英九政権の大陸政策と対外関係」 |
使用言語 | 日本語 |
参加体験記
2015年9月12日、台北教育大学行政大楼A605室で第69回台北例会が行われた。報告者は松田康博氏(東京大学東洋文化研究所)で、参加者は19名だった。「馬英九政権の大陸政策と対外関係」と題する報告では、2期8年の在任期間が終わりに近づいている馬政権の「大陸政策」と「対外関係」の総括がおこなわれた。報告の内容は以下のとおりである。
外省人エリートであることが大統領選挙でネガティブに作用しかねなかった馬英九は、台湾語や客家語の学習、本省人家庭に宿泊するいわゆるロングステイなど、台湾アイデンティティに「抱きつく」戦略をとり当選をはたした。1期目は「九二共識」を前面にかかげることによって中国との準公式的な対話を回復し、直行便の定期化、中国観光客の受け入れ、各種実務協定の締結が進んだ。ただこれらは、もともと民進党の陳水扁政権期から準備が進められていたものであり、2010年に締結された経済協力枠組み協定(ECFA)をのぞけば、馬政権オリジナルの政策というわけではない。
一方、中国側も、言うなれば初の協力的な台湾政権の誕生を受けて、国際空間において台湾が一定の地位を占めることを黙認する姿勢に転じた。陳政権のときに減少した中華民国を承認する国の数は、馬政権下では今日にいたるまでほぼ変化がなく、またWHOやICAOといった国際機関にも、きわめて限定的ながら台湾が参与できるようになっている。台湾と日本のあいだの実務的な関係の進展にも、こうした中国のあらたな対台政策が影響をおよぼしている。ただ、2012年選挙前に馬が打ち出した中台平和枠組みの構想は反発が大きく、事実上撤回せざるをえなかった。
2期目に入ると、内政での挫折がかさなり、支持率も低下する。側近にかたよった人事、立法院長王金平との対立、そしてひまわり運動などにより政権の求心力はうしなわれた。一方、来台中国観光客の急増に代表される中台間の社会的接触の拡大が台湾人アイデンティティの深化をもたらし、馬政権への不支持を広げたことも指摘できる。そして、2014年11月の「九合一選挙」で国民党は歴史的な惨敗を喫することになる。
中国では習近平政権となったが、台湾に対してはいまのところ、胡錦濤のときの政策が継承されている。こうした状況のもと、馬は習との会談の実現へ向けて「突進」と言ってもいいような積極的な姿勢をみせ、中国側に配慮する形で「両岸言説」を調整していくようになる。しかし、結局会談は実現せず、「馬習会」を政権の浮揚や馬自身への評価につなげようとするもくろみもはたせなかった。
日本との関係においては「特別なパートナーシップ」をかかげた。政権発足当初こそ「聯合号事件」で緊張ムードがただよったが、その後は数多くの実務協定を締結していった。尖閣諸島をめぐる日中の対立が激化するなか、「東シナ海平和イニシアチブ」を提唱し、この問題での中国との協力を拒否しつつ、日本との尖閣周辺での漁業取り決めの締結を実現するというしたたかさもみせた。日本の元首相のあいつぐ訪台、また東日本大震災の際の台湾からの支援を受けての日本社会の台湾に対する関心の高まりもあり、全体としては良好な関係が維持されたと言えるのではないか。政権末期に、故宮博物院日本展での「国立」という語の使用、日本からの輸入食品の安全性、慰安婦問題、抗日戦争70周年をめぐって、強硬にみえる姿勢もみられたが、これらとても対日関係を悪化させようという意図からのものではない。ただ1期目にくらべ、2期目の対日政策がやや惰性的になっていた感はいなめない。
以上の報告に対して参加者からは次のような質問や意見が寄せられた。
民進党の優勢が伝えられる来年の大統領選挙やその後の政権のゆくえを、中国はどのように見ているか。
日本の政治家の台湾とのかかわりかたは、「反/親日」を基準とした好き嫌いのレベルにとどまっているのではないか。
台湾の世論調査でよく問われる「満足度」と支持率は一致しないのではないか。たとえば急進統一派は馬英九の政策に満足していないが、選挙になれば国民党に投票するだろう。
「馬習会」が実現する可能性があると馬英九が考えた根拠は何か。
台湾で今後、中国政府が望むような政治状況が生まれるとは考えにくい。だとすれば、どのような対台湾政策がありうるのか。
「馬英九は中華民国原理主義者」だという報告者の指摘があった。では、2008年の就任時、馬英九は中華人民共和国との関係において、いかなる中華民国をめざしていたのか。
90年代の李登輝政権下においては、中国との交渉はしつつも、むしろあまり実質的な話をまとめないようにしようとする力学がはたらいていたのではないか。
今日では、中国にいる「台商」のみならず、台湾内でも中国とのビジネスで利益を得る企業や人々のネットワークが拡大している。このネットワークに対する脅威論をどうみているか。
松田氏の報告をうかがって印象的だったのは、馬政権の対中政策には、実は90年代の李政権にまでさかのぼれるものが多いという話だった。政治家の省籍や二大政党のいずれかなのかを色眼鏡にして時の政権の対中政策をながめてしまいがちだが、注意深く分析してみると、李、陳、馬それぞれの政権のあいだに、陰に陽に連続性が見いだせるのだろう。李は1990年代なかば以降、「一つの中国」を言わなくなったといい、その後、中国との対立も激しくなるが、もし90年代前半の状況が継続していれば、馬政権下であらわれた中国との関係の変化が、すでに李のもとでおこっていた可能性もあるという松田氏の指摘は興味深かった。上述したように、「三通」や中国観光客の開放なども、陳政権が準備を進め馬政権期に実現したものであり、馬政権は中国傾斜を批判されると、前政権からの連続性を強調して反論していたほどである。
来年5月には政権交代がありそうだが、新大統領になるであろう蔡英文がこの連続性の外に位置を占めるとも考えにくい。だとすれば、蔡は就任後、多かれ少なかれ受けるであろう「身内」からの批判にどう答えていくのだろうか。アンチテーゼとしての「馬英九政権の大陸政策」とみずからの政策をどのように差異化していこうとするのか。
大統領選挙期間を住民として過ごすのは4回目だが、これほど結果が見えてしまっている選挙は今回が初めてである。すでに来年5月以降を見越した動きがあちこちで始まっているのだろう。どのような人々がスタッフや協力者として政権に関与していくのかということもふくめ、今後の動きを注視していくうえで貴重なお話をうかがうことができた。(冨田哲記)