日本台湾学会台北定例研究会


 

第88回

日時 2022年1月15日(土) 15時~
場所 国立台湾大学台湾文学研究所
報告者 藤井久美子氏(宮崎大学多言語多文化教育研究センター、東呉大学日本語文学系博士課程)
テーマ 「台湾社会の多言語化と双語国家政策に関する一考察」
コメンテータ 冨田哲(淡江大学日本語文学系)
使用言語 日本語
参加人数 8名(うちオンライン参加2名)

活動報告

 「台湾社会の多言語化」とはもちろん、もともとの単一言語社会が多言語化したということではなく、台湾は多言語社会であるという認識が国内で一般的になったということである。この過程では、まず「国語」に付与されていた絶対的な地位に変化が生じはじめ、さらに1990年代後期から2000年代にかけて、言語的多元性を肯定する方向で言語法制定をめざす動きがあらわれた。そして紆余曲折を経つつも、2019年1月には国家言語発展法が施行され、「台湾固有の各エスニックグループが使用する自然言語と台湾手話」が「国家言語」と規定されるにいたった。
 台湾手話をふくむ各エスニックグループ言語の法制化の一方で見すごせないのが、2030年までに「双語国家」(バイリンガル国家)をめざすとする2018年に発表された英語推進のための計画である。しかし、国家言語発展法が目的とする「国家言語の伝承、復興、及び発展」の促進と英語の推進のための政策のあいだでは、利害の衝突が生じかねない。また、新住民の言語が移民の言語であるとされ「国家言語」とは位置づけられなかったことも注目すべき点である。
 以上の報告に対してコメントや質疑応答では、国家言語発展法をめぐる審議の詳細、「台湾固有の各エスニックグループ」が包摂するものと排除するもの、新住民の言語が今後「国家言語」となる可能性などが話題になった。また、バイリンガル国家政策の具体性、エスニシティに立脚した「国家言語」規定の意義と限界、政府の文書が英語などに翻訳される際の「国語」「国家言語」の訳語、近年よく見られる「台湾華語」という呼称、台湾の言語政策の参照項としてしばしば言及されるシンガポールとの比較などについて、活発に議論がかわされた。
 藤井氏は、多言語社会としての台湾の独自性が主張されると同時に、国際的存在感のアピールのため英語の推進に力が入れられることを、今日の台湾の言語政策の特色として提示した。しかし、話者数、現実社会での価値づけ、経済的有用性にかかわりなく言語は一律に平等であるとする「国家言語」の理念と、バイリンガル国家政策をささえる経済、政治面での根拠の相性はよくない。質疑応答では、大学上層からの英語での授業についての一面的な指示をいかに教学内容の向上に転化していこうとしているかという実践の紹介もあったが、このような矛盾は今後より顕在化し、各種の論争を喚起することになるだろう。現在進行形の台湾の事例が、より普遍的な言語政策研究の文脈にどのように位置づけられるのか、藤井氏の研究の深化に期待するところ大である。
 なお今回、はじめてハイブリッドで定例研究会を開催した。機器の使用などで便宜をはかっていただいた台湾大学台湾文学研究所の張文薫所長に感謝申しあげる。(冨田哲 記)