定例研究会 歴史・政治・経済部会


 

第35回

 

日時 2005年7月9日(土) 17:30開始
場所 東京大学 駒場18号館4階コラボレーションルーム4
報告者 浅野 豊美 氏(中京大学)
テーマ 「現代日中関係の争点としての台湾の日本統治時代認識」

要旨  近年、日中の間では、「歴史認識問題」が大きな焦点となっているが、何が認識に値する「歴史」で、何が認識には値しない過去なのであろうか。台湾での民主化と共に進行した近年の台湾史研究の興隆によって、それまでとは異なる価値としての、台湾人の主体性とそれに立脚した制度的民主主義の建設という視角から、日本統治時代の台湾本省人の生活変容に焦点をあてる傾向が強まった。
 台湾人が日本人との接触を通じて、抑圧されながらも民主主義を担うに足る主体としての意識を目覚めさせていったとの言説は、大陸の住民が日本軍の略奪・暴行にさらされながらも、それに抵抗し勝利し最終的には祖国の統一を成し遂げたという大陸の日本経験と極めて対照的である。中華民族による抗日運動という観点に基づき台湾住民が担った運動や民乱を重視する歴史から、台湾人の主体性を生み出した家族・性・インフラ・都市・族群としてのエスニックグループ関係や植民地法制等々、平時の生活を重視する歴史へと、「歴史」として選択されるテーマ自体が地滑り的な変化をとげ、深い断層がそこに生じたということができる。
 しかし、歴史認識の次元におけるこの断層は、現代の「台湾問題」という国際政治状況と、台湾島内の族群を単位に展開する政治力学と結びつき、あるいは、その生々しい政治言説にイデオロギーとして組み込まれながら、激しい論争の中で進行し、現在もそれは止んではいない。ナショナリズム史観が台湾島内で「準体制史観」と化したのちにも、中国や日本内部の諸勢力を巻き込みながら、台湾問題の言説に組み込まれそれは国際化しているということができよう。
本報告では、台湾で生じた新しい台湾史認識がいかなる特徴を持ち、それが、現実の台湾内外の政治の中でのどのような勢力のどのような思惑と結びつきながら、展開しているのかについての構造を整理し、その上で、靖国の問題を焦点とする日中の歴史認識問題という政治な文脈の中で、何を台湾史として認識すべきなのかという問題が、どのような位置を占めているのかという構造を、歴史的テーマ選択の際に依拠される価値ごとに抽出し、「過去」の選択と「歴史」化にからむ諸価値(中華民族・台湾人、民族・民主)の対立・競合・併存状況を、現代の台湾問題の構図と絡めながら整理してみたい。